土木おじさんが思う

土木おじさんが思う④ 港湾(上) 

2026.07.01

土木おじさんが思う

鹿島開発で後進県から脱却 

7月は熱中症のリスクが高まる時期。真夏に備え、体を暑さに慣らすことが重要です。北茨城市は、関東地方で夏一番涼しい街だそうです。このほか、高萩市が2位、日立市が4位に入っています。北茨城市に関しては「海からの冷たい風」と「起伏がゆるやかな山々」が涼しさを生み出しているようです。花園渓谷は特に涼しいスポットとのこと。温泉もあり、六角堂もあり、美術館もあり、見どころもたくさんあります。久々に出向いてみようかなと思っています。

 さて、今回は7月20日「海の日」にちなんで港湾についてお話しします。茨城県には主要な港湾として、鹿島港と、大洗港・日立港・常陸那珂港を統合してできた茨城港があります。
 まず鹿島港は、鹿島灘沿岸の広大な土地、霞ヶ浦、北浦の豊かな水があることに加え、東京から近い(80㎞圏内)ことの利点を生かし、昭和30年代に、後進県からの脱却、農工両全を掲げ臨海工業地帯を造成する計画が作られ、その中で鹿島港の建設が決定されたのです。堀込式港湾であり、北海道の苫小牧港での成功例はありましたが、非常に難しい港づくりだったとのことです。
 ちょうど私が大学生のころに鹿島開発が始まって、同期もみんな「茨城県はとても大きな開発を進めている」と注目していました。あの開発があったから今の茨城県があると言っても過言ではないと思います。
 鹿島臨海工業地帯には、石油化学、鉄鋼、飼料、木材等を中心に約170の企業が立地しております。鹿島港は原油、石油製品、化学品、穀物、肥料、飼料など、バルク貨物の輸入や製品の輸出基地として発展しています。また、再生可能エネルギーの産業拠点としても重要視されているところです。
 私も港湾課長時代、鹿島石油のタンカーのための航路の浚渫に苦労した思い出があります。
 また企業局長時代には、2011年の東日本大震災の時に最優先で工業用水を送れるよう頑張りました。鹿島の工業地帯の機能が止まっては、日本中に影響が出てしまうと思い、復旧に尽力したのです。
 鹿島港は現在、北公共埠頭や外港地区の整備が進められています。基幹道路である国道124号は、4車線化が進み、6車線化も進められています。東関道水戸線も近々全線供用開始予定ですし、東関道の鹿島神栖延伸が待たれるところです。
 次は大洗港(茨城港大洗港区)です。大洗港はかつて「磯浜港」と呼ばれていました。現在の「大洗港」と改称されたのは昭和39年。昭和36年から港湾建設が始まり、第1船入港は昭和45年でした。
 昭和60年3月のカーフェリー就航以来、首都圏と北海道を週12便体制で結ぶカーフェリー基地として発展を続けています。その後、クルーズ船も接岸できる第4埠頭が完成しました。
 道路建設課の時には、港湾課に頼まれてフェリー利用の大型トレーラーがスムーズに通れるよう、大洗町内はもちろん、県内、特に県北の交差点改良などを積極的に進めました。
 また、港湾課長の時には港湾用地への企業誘致とマリーナの活用に頑張りました。今後はマリーナが活躍するだろうと思い、料金改定なども行いました。
 大洗は、さらに魅力的なまちになる可能性を秘めていると思います。
 サンビーチは最近、防潮堤が完成しました。これを通年利用ができるレジャースポットにすればいいと思っています。さらに、北関道水戸大洗インターや国道245号へのアクセス向上がもっと図られれば、大洗に訪れる人は今以上に増えると思います。
 大洗埠頭やマリーナも含めて、海の駅と道の駅の整備などもできれば、より魅力的になると思い、期待しています。
(つづく)

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