いばらきの公共事業(歴史をたどる)

いばらきの公共事業 県土木部港湾課編①

2023.05.11

いばらきの公共事業(歴史をたどる)

鹿島開発と鹿島港のおもいで

渡邊 一夫 氏
元県土木部長(当時・県土木部港湾課課長)

久家 良和 氏
元県企業局次長(当時・県土木部港湾課係長)

 北公共埠頭 第一船入航にロマン

 私は学生時代、「黒部ダム」を題材とした石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」を見ながら感動したりしておりました。その頃、全国から集まってきた同期の連中が「茨城県では鹿島開発という、とてつもないプロジェクトを進めている。かっこいいな」と話しているのを聞いて、大いに誇らしく思っておりました。(弊社HPトピックスに掲載)
 鹿島開発による鹿島臨海工業地帯には、石油化学、鉄鋼、飼料、木材など約170企業が立地しております。現在、鹿島港では水深10mと7・5mの岸壁を合わせて8バース備える南公共埠頭に加え、北公共埠頭と外港地区の建設が進められております。
 私は平成14年4月から平成16年3月の2カ年、港湾課長として鹿島港に関わることになりました。
 当時の課題として、砂が航路に流入するため毎年浚渫を繰り返していたことなどがあります。その浚渫土の置き場、浚渫土砂の処分。これがいつも頭を悩ませておりました。特に中央航路の浚渫については、企業負担が膨大になってしまっていたのです。企業からの要望があり、何度も何度も国と協議を進めて、少しずつですが改善されていったのは良かったと思います。
 船舶の安全確保を目的とする改正SOLAS条約に基づいて、港湾の保安対策や、日立港の座礁船などに伴う港湾条例の改正を実施し、不良船舶の取締り強化なども進めていき、大いそがしの2年間でした。
 特に思い出深いのは、北公共埠頭に水深10mの1バースを完成させ、供用を開始させたことです。盛大に式典が執り行われ、無事第一船が入航した時は非常に感動し、大きなロマンを感じました。その後、第2バース、第3バースが供用開始され、4年後には着々と準備を進めていた待望のガントリークレーンも供用開始することができたのです。
 それから、課題となっていた浚渫土砂の処分について。この件に関しては、大きなお金をかけているので、様々な調査をし、塩分が抜けた浚渫土を条件付き・有料で販売したりもしました。それも大きな思い出です。
 大プロジェクトの鹿島開発によって茨城県は大きく発展し、今があるのだと思いました。その基幹となっているのが鹿島港であり、一つ一つ課題を解決しながら、今後とも成長していくのだなと、しみじみ感じたりしておりました。

久家 良和(くげ よしかず)1963年1月15日生まれ。60歳。1988年4月に初入庁し、港湾課に配属となった。その後は港湾課長、技術管理統括監兼検査指導課長などを経て、2023年3月に企業局次長で定年を迎えた。

大型船舶の入港が可能

 鹿島港は、ちょうど高度経済成長期のさなか、急速に拡大しつつあった重化学工業の受け皿として開発されました。鉄鋼、石油化学等の素材型産業を中心とする工業港であると同時に、現在は全国的に見てもトップクラスの飼料基地としての一面も有しています。
 鹿島臨海工業地帯の玄関である鹿島港の入り口には、水深22mで20万t級のタンカーが着岸できる、鹿島石油㈱の原油桟橋があります。石油化学コンビナートの最も風上に位置し、石油類や様々な化学製品を作るために必要となる原油の輸入拠点で、コンビナートの最重要施設なのです。
 しかしながら、鹿島港の最大の課題となっている漂砂の影響によって、原油桟橋がある航路の埋没が激しく、数年に一度の大規模な航路浚渫が必要となっています。この航路は、整備費用の90%を受益者が負担する、企業合理化促進法のスキームにより整備されたもの。埋没対策(航路浚渫)を行う際も、同様のスキームとされています。
 鹿島石油としては、数年に一度、浚渫のため数億円規模の費用負担を捻出しなければなりません。これが企業経営を圧迫しているため、港湾管理者である茨城県、または施設管理者である国で、より多くの費用を負担し埋没対策を実施してほしい、という旨の要望が、幾度となく出されました。
 鹿島石油は、航路を借りている借家人であるため、「大規模な改築は、家を貸している家主が費用を工面して行うべきなのではないか」との主張でした。切羽詰まった現実と熱意に押され、この事態をなんとかするべく、県と国土交通省は協議に協議を重ねました。この時、国から出向されていた高橋港湾振興監、松原港湾振興監にも、大変ご尽力いただきました。
 そして平成17年度には、約30年ぶりにエネルギー・鉄鋼港湾制度の改正がなされ、水域施設整備の受益者負担率が見直されたのです。それにより、負担率は90%から75%にまで軽減されました。
 こうして、これまで以上に航路の浚渫が進み、航路水深の確保が図られることとなりました。これにより、大型船舶の入港が可能となり、輸送効率と船舶航行の安全性の向上につながっていったのです。(島津就子)

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