言葉で人心を掌握する
2026.05.09
寄稿 自民党茨城県連最高顧問 岡田 広氏

自民党茨城県連最高顧問 岡田 広氏
徳川家康の「十天王」という話です。徳川家には「徳川四天王」という4人の家臣がおりました。井伊直政、本多忠勝、榊原康政、酒井忠次です。
あるとき、福島正則が家康に拝謁した時のことです。福島正則が徳川四天王の武将たちを褒めたたえました。すると家康は「いや確かにあの4人は、豪勇無双の勇者ではあるが、私のまわりにはまだ他に6人の勇者がおり、合わせて十天王というのが徳川家の宝である」と答えたそうです。
徳川家康のまわりに、さきほど名前を挙げました四天王がいるということは、家康の家臣の中でも知られておりましたが、十天王ということは耳にしたことがありませんでした。
そこで福島正則が「残りの6人は誰か」と尋ねると、家康は大笑いをし、笑うだけで残り6人の名前は言いませんでした。実のところ、家康自身にも分かってはいなかったのです。
しかし、この十天王の話は福島正則から、旗本八万騎をはじめ徳川家家臣の人たちへすぐに情報として伝わりました。四天王に入っていない、我こそは徳川家康の側近だと自認する家臣の者たちは、にわかに勇気づけられ、活気づけられました。
我こそは6人の中の1人である。私こそが徳川十天王のうちの1人であると、それぞれが自分で考えたり、他人と話をしたり、しばらく十天王の話で持ちきりになりました。
これはとりもなおさず、徳川家康が「十天王」という言葉を口にし、徳川家の家臣の人たちを奮い立たせるために話をしたのではないだろうかと思っております。徳川家康の言葉で人心を掌握する考え方の一つであるということも言えるのではないだろうかと思っています。
「器物はどれほどの名器であっても、肝要のときには役立たない。宝の中の宝とは人につきる」と断言する家康。これこそ、三河者を中心に自分の家来の層が厚く、結束力の強い家臣団を擁し、260年の長きにわたり、世界に例をみない徳川政権の基礎を築いた徳川家康の考え方であると思います。

