茨城の歴史点描

茨城の歴史点描 時代の変革者・徳川斉昭⑬

2021.10.15

茨城の歴史点描

「医薬品国産化への挑戦」

 コロナのワクチンや治療薬は、これまで海外で開発されたものが使われてきましたが、ようやく国内で開発された製品が、早ければ来年には実用化されるようです。
 今回のような事例に限らず、医薬品の供給を海外に頼らざるを得ない、ということはリスクが大きいということを改めて感じます。
 前回、天然痘のワクチン接種として、「種痘」を水戸藩では弘道館に設置された「医学館」が担っていた、ということを紹介しました。
 この医学館は、現在の水戸市三の丸小学校に隣接する、三の丸市民センターのあたりにあった施設で、斉昭に信任された本間玄調の像が、その前に建てられています。
 斉昭が医学館を設置した目的は、領内の医者をレベルアップすることのほかに、薬品の国内生産を研究することでした。
 設置にあたり斉昭は、そのコンセプトを文書に著し、医学館内に掲示しました。『賛天堂記』と名付けられた、その文書にはつぎのような一節があります。

  1. 外国と通商するようになると、奇を好む日本人の弊害が助長され、何でも外国品の方がよくなり、薬でも日本産のものを捨てて顧みない。
  2. 外国産の薬は高価なので、富裕な人でなければ手に入れることができない。だがそうした人だけが長命で、貧しい人が短命だ、ということは聞いたことがない。
  3. 外国の薬品を買うお金があるなら、そのお金を外国に支払うよりは、それを使い良薬を国内で製するのがはるかによい。

 1.で述べられたことは、現在の日本人にも通じる要素があるかもしれません。2.で「外国産の薬は高価」とあるのは漢方薬を指していると思われます。国内では入手できない素材が多かったからでしょう。3.は、薬品の国内生産の確立をめざし、そのための研究に投資すべきだ、ということになります。
 こうした精神をもとに、館内には薬草園もつくられ、研究を行っていたようです。そのほか、乳牛も飼育されていました。
 斉昭は牛乳を滋養強壮剤として毎日飲んでいたようで、息子の慶喜にも飲用を勧めています。また、病気の家臣にも見舞いとして牛乳を贈っていた記録もあり、乳酪というチーズのような製品も生産していました。

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