人を褒めるということ
2026.10.14
寄稿 自民党茨城県連最高顧問 岡田 広氏

自民党茨城県連最高顧問 岡田 広氏
戦国時代の三人の武将を挙げるとすれば、それは織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ということになるかと思います。この三人の性格をよく表している言葉が、ホトトギスの鳴かせ方の例えです。
「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」。破壊者、革命児と言われた信長の言葉ですが、信長の人一倍短気な性格を読み取ることができます。
「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」。秀吉の自信に満ちあふれた言葉です。
「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」。家康の言葉です。五歳の時から織田家、今川家の人質となり、秀吉の死後、天下分け目の戦いに勝利し、耐えて耐えて天下を統一した家康の忍耐の心が表れている言葉ではないでしょうか。
「織田がつき 羽柴がこねし天下餅 座りしままに喰うは徳川」という例えもあります。
秀吉は、信長に「草履取」として仕え、そして立身出世をして日本の国を治めた人です。秀吉は家康に自分の秘蔵の品々を見せながら「私は天下の宝という宝をほとんど手に入れた。粟田口吉光の名刀もそうだ。まだまだいくらでもあるぞ。家康殿の秘蔵の品はどのようなものでござるかな」と、家康に向かってこう言いました。
家康は笑いながら「いやいや、私にはそのような秘蔵の品や、宝というものは何もございません。ただ、あえて私の宝を申し上げますなら、私のためならどのような苦難にも耐え、自分の命を投げ出す覚悟の侍たちが五百騎はいることでありましょう。この五百騎がいる限り、私にはそのような秘蔵の品などの宝はまったく無用です」と答えたそうです。
この話が城内に広まり、この話を伝え聞いた家康の家臣たちは、それぞれ皆、感動、感激したそうです。「この主君のためには自分の命を投げ出してもいい」という気持ちになったそうです。
まわりの人たちに対する感謝の気持ちや言葉というものは、相手がそこにいても、いなくても自然な形で出ることによって、人に大きな感銘を与えるものだと思います。
相手がそこにいるときに褒めたり、感謝をしたりするということは、これも難しいことでありますけれども、相手がいないときに、ほかの場所で感謝の意を表したり、ほかの人を褒めるということは、最も大事なことではないだろうかと思っております。
そのような考え方だからこそ、徳川家康は、260年の徳川安定政権の基礎をつくることができたのではないかと考えています。こんな話が何かの参考になれば幸いです。

