ホームラン世界記録の王選手 ~一人は万人のために~
2025.12.26
寄稿 自民党茨城県連最高顧問 岡田 広氏

自民党茨城県連最高顧問 岡田 広氏
王貞治さんが文化勲章を受章しました。王選手は「一本足打法」で知られ、国民栄誉賞の第一号受賞者でもあります。
野球の通算ホームラン数を見ると、王貞治選手が打ち立てた868本が世界一です。メジャーリーグ記録のバリー・ボンズ選手が762本で2位、ハンク・アーロン選手が755本の3位、日本国内では2位の野村克也選手の記録657本は世界では7位となり、大谷翔平選手は日米通算で328本 (米280本)で、王選手の記録がいかにすごいかがよく分かります。
王選手とハンク・アーロン選手は、日米野球でホームラン競争を行ったことから親交を深め、野球の普及や子どもたちとの交流の輪を広げるため、1990年に「世界少年野球大会」をスタートさせました。夏に開催される大会には、例年15か国ほどが参加し、これまでに大会に出場した国と地域はおよそ100に上ります。
東京都品川区の海徳寺に、ホームラン地蔵という、右手にバット、左手にボールを持ったお地蔵さんがあります。
王選手が新人の頃、駒沢球場で行われた野球の試合で、自身が打ったボールが少年に当たり怪我をさせてしまいました。その少年のお見舞いで病院へ行った時に出会ったのが、心臓病で同じ病院に入院していた、王選手のファンで野球が大好きな10歳の少年でした。
王選手は少年の母親から、少年は心臓に病を患っており自分で大好きな野球をすることができないことを聞かされ、それから少年が亡くなる3年の間、毎月のように少年のお見舞いに行き「僕はホームラン王になるから、君も病気に負けないで頑張れ」と励まし続けました。
少年が13歳で亡くなった1962年のシーズンに、王選手は初のホームラン王を獲得。その後13年連続のホームラン王、通算ホームラン王15回という歴代最多の記録を打ち立て、少年との約束を果たしました。
ホームラン地蔵は、この少年の両親が建立したものです。王選手は、少年を励ますために通っていたお見舞いが、いつの間にか逆に自分が励まされていたことに気付き、健康で野球ができることのありがたさを少年から教えられました。
その後、1980年に引退するまで、王選手は記録を達成するたびにこのお地蔵さんを訪れました。王選手が、巨人軍での22年の選手生活において、ホームラン世界記録、通算打率3割1厘といった活躍ができたのは、野球を自分のためだけではなく、亡くなった少年のためにも頑張ろうという気持ちがあったからだと思います。
「一人は万人のために。万人は一人のために」という言葉があります。 自分のために何かをするのではなく、王選手のように、他人のために何かをしようという気持ちを持ちながら行動すれば結果が残せる、ということを心にとめて、周りの人と支え合いながら、日々の生活をしていくことが大事だと考えます。

