寄稿 自民党茨城県連最高顧問 岡田 広氏 

チャンスに賭ける

2026.09.25

寄稿 自民党茨城県連最高顧問 岡田 広氏 

自民党茨城県連最高顧問 岡田 広氏

 セブン-イレブンの創業者である鈴木敏文さんが亡くなりました。
 日本で初めてコンビニエンス事業を始めたのが鈴木さんです。昭和7年に生まれ、中央大学を卒業し、「東販」という会社に入り、雑誌の編集の仕事をしておりました。
 イトーヨーカ堂の社長との出会いを契機に同社へと移り、そしてアメリカのサウスランド社と提携をいたしました。このサウスランド社というのは、「セブン-イレブン いい気分 開いててよかった」というコマーシャルでおなじみの会社です。
 セブン-イレブンが日本に設立されたのは、昭和48年です。6年後に「東証」の第二部に上場になりました。
 東証の第二部に上場するためには「会社設立後5年以上」仕事をしたということが上場規則で決められています。その最低条件よりわずか1年多いだけの、たった6年という史上最短記録で「東証」に上場しました。
 朝7時から夜11時までオープンの店舗を700店に広げた鈴木さんが次に目を付けたことは、夜11時から翌朝7時まで店を開けたらどうだろうかということでした。第一号店の前にずっと立ち、車の交通量の調査をしたところ、夜11時から7時までの間に約600台の車が通ったそうです。
 そして色々原価計算をいたしました。600台のうち1割の60台の車が立ち寄って買い物をしてくれれば、採算ベースに合うという市場調査をもとに、夜11時から朝7時の時間帯も開いているお店を始めたそうです。
 夜もお店を開けたことによって、昼間の売り上げも35%の増に繋がったそうであります。24時間いつでも開いているという、お客様に対する信頼感をも植え付けたのだと私は思っております。
 次に取り組んだことは、お客様のニーズに応えて電気料金やガス料金、あるいは生命保険料の振り込みもできるシステムづくりでした。こういう動きが業務内容を拡大させ、常に新しい便利さを追求し、営業内容を変化させてきたということです。現在、セブン-イレブンは売り上げ、利益において本社のイトーヨーカ堂を抜いたそうです。
 鈴木さんの考え方は、「できるかどうかよりも、やるかどうかということである」という一言に尽きるのではないかと私は思っております。
 セブン-イレブンの本の中に、あるタクシー運転手さんの話が書かれています。
 明け番の運転手さんが、帰宅途中に家族の朝食のパンと牛乳を、そしてこれから自分が寝る前に飲むワンカップ2本とおつまみを買って帰ることによって、家族の絆も深まったというのです。
 お客様の立場で常に新しい経営感覚を考えることが大事だと私は思います。

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